本文
中野地区と両竹地区をつなぐ道に架けられた橋りょうで、橋の南側には被災した中野地区集落が遺されています。
集落の家々の多くは、主に防風のための屋敷林(いぐね)で囲われていましたが、その大半は津波によって失われ、正面に見える高木だけが残りました。
PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe社が提供するAdobe Readerが必要です。 Adobe Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先からダウンロードしてください。(無料)